TOPICS
大手企業の新規事業開発を中心に支援を続けてきたbridgeが「事業と組織」をテーマに、時にゲストをお招きしながら、bridgeメンバーで自由にディスカッションを繰り広げる「新規事業の自走化」シリーズ。
第5回目となる今回は、パナソニックオペレーショナルエクセレンス株式会社 組織・人材開発センターセンター長の森本さんと、同じく組織・人材開発センター/ 産業医の田中先生を訪ねました。
インタビューテーマは、パナソニックグループにて積極的な導入が進んでいる「レジリエンスプログラム」について。導入背景から、現在の取り組み状況についてお話を伺いました。
聞き手:bridge 大長 伸行
──まずは、森本さんとレジリエンスプログラムの出会いについて、教えてください。
森本素子 様(以下、森本):2020年当時、私が所属していたライティング事業部のあるビジネスユニット長から初めて「レジリエンスプログラム」について聞きました。面白そうだったので、受講してみたかったのですが、コロナ禍の影響でその時期は開催されていませんでした。
ところが、話を聞いた翌月に「組織・人材開発センター」へ人事異動の辞令が出たんです。肩書もセンター長とあったので、自分で企画すれば良いな、と思って、実際に研修を提供されていたパナソニックグループの健康管理室 産業医の田中先生にも、このタイミングで連絡をしました。
──田中先生からも、簡単な自己紹介をいただけますか?
田中宣仁 様(以下、田中):私は 2012年にパナソニックグループへ入社し、関東エリアを中心に勤務する社員の健康管理を担当してきました。病気やケガといったマイナスの状態をゼロに戻すことも役割の1つですが、それとは別に、プラスをつくることで人や組織に活力を与えることが重要だと考え、活動を続けてきました。
そこで提供していたものの1つが「レジリエンスプログラム」です。アプローチできる階層が上がれば上がるほど社内でのインパクトは大きいものの、森本さんと出会う以前は自分の所属組織のトップにリーチするのが限界でした。そのため、森本さんから連絡があった時は、レジリエンスプログラムをより広く届けるチャンスが来たと感じ、嬉しかったことを覚えています。
──レジリエンスプログラムについて、改めてご説明をお願いします。
田中:3つ Vision がありまして、1つめが「Peak Performance」です。生物としての人間の能力を最大限発揮できるようになることを目指し、睡眠や栄養、メンタルの整え方などを学びます。2つめが「Resilience」で、変化を恐れずチャンスを見出し、逆境を自身と組織の成長に転換する能力を高めます。3つめが「Integration」です。組織がサイロ化・分断されるのではなく、人と組織が強みで補完しあい、相乗効果が生まれる状態を目指します。これを実現する力を適応的知性といい、レジリエンスプログラム全体のキーワードになっています。
その中でも特に「Integration」に力点を置いています。トップマネジメント層同士が互いの個性を活かしあい、同じ目的に向かって多様性が最大活用されている状態をレジリエンスプログラムでは「差異化と統合」とも呼びますが、コングロマリットであるパナソニックグループで真の「差異化と統合」が実現できれば、コングロマリットメリットが生まれると考えています。
──森本さんは、レジリエンスプログラムを活用して、どのような課題を解決したかったのでしょうか?
森本:私がセンター長に就任したのが 2021年4月のことです。その頃、パナソニックは持株会社制(社内では「事業会社制」と呼ぶ)へ移行するためのプロセスが進んでいた時期でした。私もパナソニックが 8つの事業会社に分かれて、独立性のある経営を推進することは良いことだと感じていました。
ただ同時に、遠心力が働いて会社がバラバラになってしまうことも危惧していました。そこで、幹部研修にレジリエンスプログラムを導入することで、幹部層同士のネットワークを再構築し、グループとしての共通言語を持たせようと考えたんです。
──レジリエンスプログラムの導入を検討する際、決め手は何だったのですか?
森本:「失敗の共有」というコンテンツがあることに最も心を惹かれました。私が 1999年に入社時に配属された法務部では、当時、リーガル担当が各部署にいなかったため、全社の状況を知り得る立場にありました。そこで目にしたのは、A事業部と同じ失敗を B事業部もしてしまうような状況です。事業部ごとに組織運営がされているのですが、全社の同じような相談が法務部に来ることで失敗の回避ができる仕組みになっていたのです。組織がパナソニックほど大きくなると、こうした失敗の共有が難しくなるので、レジリエンスプログラムに過去の事例を共有する内容が含まれていたのは、私にとって大きなポイントになりました。
──実際に「失敗の共有」をコンテンツとして実施して、どんな効果を実感しましたか?
森本:失敗を繰り返さないために、その事例が共有されることはもちろん、過去の後悔や守り切れなかった事業の話までしてくれるデザインになっているのが素晴らしいと思っています。それを聞いたほかの幹部が「そんなにつらい思いを乗り越えてきたのか」「だから、今、ここまで一生懸命に取り組んでいるのか」と背景を理解し、共に頑張っていこうと一体感が生まれる。受講生からもそこが素晴らしいと、高く評価されています。
田中:トップ層同士が「失敗の共有」をするということは、知見が蓄積されること以上に、失敗を開示する行為そのものに価値があると私たちは考えているんです。「実はこんな失敗をして恥ずかしい経験をしたんだ」「あの場面で、他の人であればどう対応したのか聞いてみたい」と弱さを分かち合うことが、統合(Integration)を加速させると考えています。
──ここで田中先生には、レジリエンスプログラムを具体的に、どのように実施しているのかを伺いたいと思います。
田中:キックオフ合宿から始まり、3ヶ月ごとに実施する年間5回のセッションで構成されています。4回目のセッションでは、具体的に組織文化をどのようにデザインするのか、つまり文化をどのようにつくるのかをテーマに扱います。その時に6つの「Design Elements」を活用した設計を考えてもらうことになります。
森本:これは1つの例ですが、6つの要素のうち「評価・報酬(Reward)」に注目した場合、一人ひとりを実績に基づいて評価すると強い個性は育成されるものの、チームワークは生まれにくくなるかもしれません。反対に、「あなたが所属する「チームの」成果を評価します」と設計すれば、お互いに助け合うようになるかもしれません。つまり、どんな行動を評価すれば、望ましい組織になれるのかを考えるわけです。
田中:図の中にある6つの要素をどう調整するかは大きなポイントです。それらはすべて「どういう文化(カルチャー)を作りたいんですか?」の質問から始まり、そのカルチャーを統合の核にして組織をどうデザインをするのか? という会話をします。
先ほどの例のように、助け合いのカルチャーをつくるのであれば、報酬(Reward)の在り方もチーム評価がいいよね、という具合です。
組織責任者である受講者一人ひとりに対して、「皆さんの組織では、従業員の幸せの分類(下図)のうち、どの幸せが高まるようなカルチャーにしたいと思いますか?」を考えてもらい、それをどう組織デザインに落とし込むかを考える中で、差異化が促される仕組みになっています。レジリエンスプログラムの中ではこうした会話が繰り返されています。
──レジリエンスプログラムを社内で実施するようになり、どのような成果が生まれていると感じますか?
森本:状況としては、事業会社社長たちのグループ15名から導入をスタートさせ、事業会社の役員へ広げ、今はビジネスユニットや複数の商品を統括する統括部長がレジリエンスプログラムを受けている段階です。事業会社社長たちの初回を終えたあと、社長たちも大きな手応えを感じていただけたようで、2022年4月からは年間で10グループほどの実施機会を得ました。1グループあたり15名が受けるので、年間で150名の幹部クラスが受講する計算です。
田中:「失敗の共有」のエピソードが森本さんからありましたが、お互いの人間的な部分に改めて触れる良い機会になったようでした。より強固なチームビルディングが成された感覚を持たれた幹部の方も多い印象がありましたね。
──今後、この活動によって何が変わりそうですか?
森本:結束力が固まることで、付き合い方が変わってくると思います。例えば、社内で地位が上がることで、幹部同士の不可侵領域が生まれてしまう状況って、どこの会社でも起きていることだと思うんですね。自分の事業部に影響がなければ、あえて口を挟んだりはしないといいますか。それが、パナソニックグループとしてみた時に「本当にそれでいいのか?」と意見を出せる空気が、これまで以上に良いかたちで生まれていると感じます。
田中:相互に作用し合うことが、差異化と統合の促進に繋がると思っています。A事業部に対してB事業部がフィードバックし、それを受けてA事業部がさらに良くなっていく。この繰り返しによって事業部ごとの差異化が際立っていく。金太郎あめのような均一なものではなく、差異化があるからこそグループとしての魅力的な統合に向かうわけです。
──差異化と統合が進む中で、パナソニックとして「新たな価値創造」が進むのではないでしょうか。お二人はその点をどうお考えですか?
森本:私はパナソニックが事業会社制になった際、「社員稼業と衆知経営を大切にしよう」と、色々な場面で話をするようになりました。私で例えると、社員稼業とは一従業員としての森本ではなく、組織・人材開発センターを「森本商店」と捉え、自分の事業だと思って経営をする考え方です。
衆知経営についても創業者の松下幸之助さんは、従業員の一人ひとりには、天から与えられた使命があり、それらを会社の仕事とうまく結びつけて本領を発揮することが望ましいと言っています。
バブル崩壊以降の「失われた20年」では、人を均一化・均質化させて効率性を重視する、まさに金太郎あめのような働き方が広がったと認識しています。その点、社員稼業と衆知経営は真逆の考え方です。
私がパナソニックに入社した頃はまだ、社員稼業と衆知経営の考え方が残っていて、「個」が際立っていたけれど、それが時代と共に減っていってしまい、それが悔しかったんですよね。個人の強みや〇〇商店のウリをちゃんと表現できるようになり、全員がそれを認知して、組み合わせて仕事ができるようになる。そうすることで、新たな価値創造がパナソニックの内外から起こっていくと思っています。
田中:今のお話はまさに、差異化と統合が進んだ組織そのものですよね。レジリエンスプログラムが浸透することで、コミュニケーションも活発化しており、高い次元で各事業会社の社長はじめトップ層同士が繋がり始めています。縦だけでなく、同じレイヤーの横同士でも繋がりが生まれているということで、ラテラル・オーガニゼーションが走っている組織にしていきたいのです。これが続くことで、新たな価値創造が次々に起こるような予感がありますね。
──最後に、今後の展開について森本さんのお話を伺いたいと思います。
森本:ハンズオンで自分たちの組織を変えたいと考えているパートナー(レジリエンスプログラムを受講した幹部候補生たち)との接点を、この1年の活動でつくることができました。今後はそのリーダー層に伴走しながら、職場を変えるためのアプローチをしていきたいと思っています。凍土を耕すような地道な取り組みのイメージですが、「自分たちで会社は変えられるんだ」と、現場の人たちに思ってもらえるよう若手リーダーたちと組織を活性化していきたいですね。
──本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
取材協力:株式会社ソレナ