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大手企業の新規事業開発を中心に支援を続けてきたbridgeが「事業と組織」をテーマに、時にゲストをお招きしながら、bridgeメンバーで自由にディスカッションを繰り広げる「新規事業の自走化」シリーズ。
第3回目となる今回は、パナソニックホールディングスの新規事業開発の取り組みを取材しました。同社は2021年10月、事業会社制への移行をきっかけに「新規事業の探索とイノベーションが生まれる組織づくり」を積極的に進めています。
これまでの取り組みによる現在地と、大企業における新規事業開発の課題・解決策について、技術部門 マニュファクチャリングイノベーション本部 ラピッドマニュファクチャリング推進室の関藤さん、村元さん、宮島さんにお話を聞きました。
聞き手はbridgeの大長です。
──まずは、皆さんが所属する「ラピッドマニュファクチャリング推進室(以下、RAM)」が立ちあがった背景と役割について教えていただけますか?
関藤誠 様(以下、関藤):現在は「仮説検証をするためのMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)を開発するための組織」という役割が中心の部門となっています。
背景としては、2021年4月に技術部門のMVVが制定され、その中で”「明日」のPanasonicの事業を創造する”と明示されたことがきっかけでした。その時にRAMもRapidなモノづくりを事業創造に結びつけるために、現在の役割を担うようになりました。
活動内容は以下の3つです。
──今日までに約2年の活動がありました。手応えなどはいかがですか?
関藤:おかげさまで大きな手応えを感じています。大企業の中でイノベーションを起こすには新規事業開発のお作法をまず学習する必要があり、その点でMVPを開発すること、もしくはプロトタイプを作って顧客に当てることは導入として最適な方法だという実感があります。
モノづくりをする大企業の場合、プロトタイプと言えば「量産に向けて実現性を詰めていくフェーズの製品」を指します。お客様に見せるのであれば、限りなく完成に近いものでなければいけないのが常識です。
ところが新規事業の場合、「顧客価値の検証」をするものもプロトタイプと定義されます。多少の不具合があっても、価値が伝わればアーリーアダプターにとっては十分。その事実を知る機会になるんですね。
お客様からフィードバックをもらいつつ、仮説検証してテーマをドライブさせていく。既存の開発プロセスしか経験のない社員にとって、この進め方はとても新鮮なようです。
宮島勇也 様(以下、宮島):今の関藤さんのお話に関して1つエピソードがあります。私は2023年5月にこの部門へジョインしたのですが、それ以前は事業側の部門にいたんです。その時に関藤さんに新規事業の相談をしながら、一緒にMVPを作ったことがありました。
ミニマムな機能だけを搭載した製品をお客様にお見せしながら、インタビューを通して課題を整理してMVPを改良する。「こうやって新規事業を創出するのか!」と目から鱗が落ちる思いでした。
関藤:ただ残念なことに、宮島さんが相談してくれたテーマも日の目を見ることなく終わってしまったんですよね。組織側のプロセスが原因で失速してしまいました。「あのジャッジは本当に正しかったのか?」と今でも考えるぐらい、私にとって大きな課題でした。
──先ほどのお話で、どういった点を課題と認識されたのでしょうか?
関藤:事業部側(既存部門)と新規事業を作る側、どちらの目線で見てもスムーズなつなぎ込みができていないことが課題だと捉えています。解決するためにはインキュベーションの仕組みを作って、新規事業を既存部門にバトンタッチさせることが重要です。
事業部側は「事業計画」という名の、確度の高いものをベースに経営をしています。一方の新規事業は同じような計画を立てようにも、そのほとんどが見込みの数字でしかなく、妄想のようなものになってしまいます。
半分ジョークなのですが、既存事業に接続できないかと相談すると「100億円規模の事業になったら持ってきて」と言われることがあります。その規模で既存事業は運営されているので、数億円の事業規模では引き取ってもらえないんですね。
──5〜6億円の事業サイズでグロース市場へ上場する企業があることを考えると、100億円というのは非常に大きな数字ですね。解決に向けてどう動いているのですか?
関藤:インキュベーションの仕組みが必要だと社内に提案した時に、2つの事業会社が共感してくれたんですね。現在はその2つを「モデル事業場」のような位置づけにして、新規事業から既存の事業部へとつなぎ込むプロセスの成功事例を作りたいと思っています。
ここで大切なのが、既存と新規どちらの部門からも人を出すということです。新規事業のアイディエーションフェーズと事業部の事業の間には大きなギャップがあるので、単純なバトンタッチは絶対に成立しない、一緒にインキュベートする(育てる)ことが大切だと思っています。
──何年くらい預かるようなイメージですか?
宮島:1年以内に有償PoCまでいければと考えています。それ以上に延びると、当社の場合は少し長すぎる印象です。理由の1つに事業部長の任期期間があります。たいていの任期は3年で、その間に売上や利益を伸ばすことが求められます。
仮に中長期施策になることを覚悟して新規事業の創出に取り組んでくれても、次の事業部長が短期施策に注力するようであれば、成果は実りません。
──では1年をつなぎ込みの期間として、どこまで達成できれば成果と見なすことができそうでしょうか?
宮島:現段階では正直まだはっきりしていません。新規事業が生まれることや100億円規模に事業を育てることは、偶発的な要素も絡んでくると思うので現実的ではありません。そうではなく、そこまで持っていくにしてもステップがあると思うんです。
いずれにしても将来性やポテンシャル、期待感を持ってもらえることが大事だと思うので、手探りで進めながら正しいゲートを設定していければと考えています。
──インキュベーション活動が始まる中で、成果はどう評価されるのかが気になるところです。
関藤:現段階では正直なところ、チャレンジした人が評価される状況を作れていません。その点が私個人としては最大のテーマになると思っています。
書籍『両利きの経営』の中にも深化と探索で人事施策は明確に分けるべきといった内容があり、当社も「既存事業と新規事業で評価軸をそれぞれ分けることができれば」とは考えています。ただ実際には難しいことも多く、実現にはしばらく時間がかかりそうです。
村元貴弘 様(以下、村元):既存事業と同じ評価軸だと、ポジションのレイヤーが上がるほど既存のKPIが圧力になってしまい、新しいことへのチャレンジは難しくなると思います。何か新しいことを始めようと思うと、誰かが自分のリソースを一時的に業務以外の場面で使い、活路を切り拓くしかないのが現状です。
ただ、社内でもマネジメント部門と技術部門では別軸での評価が必要だろうという動きがあります。それと同じように、既存事業と新規事業で評価方法を分ける動きもあるかもしれませんので、その点は今後の可能性を探りたいです。
関藤:お客様へのヒアリング回数のほか、MVPを活用したプロトタイプの改良サイクルは日々上がっています。1週間に数人のインタビューでせいぜいだったのが、数十人の声を聞くことができるようになった。
これを広義のスキルと捉えれば、新規事業開発に必要な力が身についていると考えることができます。しかし、既存の評価制度や経営層からの目線で考えると評価対象にはならないんですよね。スキルとは異なる、何か別のものに映るというか。
──大きなギャップを感じますよね。その溝を埋めるにはどうすべきか……。
関藤:まずは社内での成功モデルを作り、評価軸として会社に提案することを考えています。将来的には取り組みの成果を定量的に示せるようにしたい。新規事業活動の効果を見える化して「活動と評価」をセットにできれば、エネルギーを一層注ぎやすくなるはずですし、説得力も出るはずです。
──さまざまな課題と向き合う中で、先日、bridgeの「イノベーション組織診断(※)」を実施していただきました。どのような理由で取り組まれたのでしょうか?
関藤:イノベーション組織診断の内容を見た時に、『両利きの経営』にリンクしていると感じたんですね。本の内容は素晴らしいのですが、それを自社に当てはめて測ることは難しいと感じていたので、組織診断を受けさせていただきました。結果的に、グループ全体で約140名の社員が回答してくれました。
宮島:結果を見るとプロセスや仕組み、風土の部分が全体的に点数が低かったほか、新規事業開発の担当者とそれ以外とで点数に開きが見られたんですね。ある程度予想していた部分はあったものの、こうして数字で見える化できたことで課題を再認識できました。
村元:今回の診断を通してわかったのは、社内に新規事業活動の必要性を感じている、かつ必要なスキルを身に付けたいと考えている社員がいるということでした。実際に課題感は持っているものの、それを成すための場がないことに悶々としていたようで。具体的な悩みが顕在化できたので、解決策の提案も打ち出しやすくなりました。
──新規事業開発のプロセスの診断結果が低いという話もありましたが、何か理由があるのでしょうか?
関藤:なぜか皆、自己流で取り組んでしまうんですよね。「アプリを作りましょう」となれば「プログラミングには明るくないので詳しい人に助けてもらおう」と専門家の力を借りようとするのですが、新規事業開発はどういうわけかそうならない。
私たちは専門的な仕事をしているので、専門能力の大切さはわかっているはず。それなのに新規事業だけは竹やりで挑んでしまうんです。
──無料コンテンツで色々と学べる時代ですが、そういうところからスキルが身につくようなことも無いのでしょう?
関藤:私自身は、幸運なことにシリコンバレーに3年ほど住んで、現地で一流からリーンスタートアップを学びながら実践する機会をもつことができました。日本に帰ってからは、その経験をリーンスタートアップ勉強会として、これまで累計で数百名ほどの社員にお伝えしてきたのですが、あくまでそこに参加してくれた人の範囲では、8割の社員はその時に初めて新規事業にもお作法があることを知ったと感じています。残りの2割は学んでいて知識もあるけど、やはり「知っている」と「できる」は全然違っていて、課題に直面した時に教科書の知識とリンクしない。
ごくごく薄皮のところで新規事業開発のスキルが備わっている人材が現れるものの、結果的に社内では評価されずに外へと流出してしまう。
そこで我々としては、イノベーション人材を育てるための活動が必要だと考え、2年前から草の根活動も始めているんです。そこで大きな事例が生まれることに期待があります。
宮島:私が個人的に主導しているもので、「社内起業家育成プログラム」という活動があるんですね。参加から3ヶ月後に開くピッチ審査で、経営層に直接ピッチすることを一旦のゴールとしています。経営陣や社外の有識者にもご協力いただいているプログラムです。
業務時間外の自主活動になりますが、部門を横断してさまざまなメンバーが集うところは大きなメリットだと感じています。
村元:毎回40〜50人の参加があり、少しずつ新規事業に必要なスキルやマインドセットを持つ人材が増えている手応えがあります。部門を越えたつながりを作り、コミュニティに育てていくことも同時に目指していきたいですね。
──チームとして、今後どのようなチャレンジを考えていますか?
宮島:パナソニックには30の事業体がありますが、売っているものも違えば、中の人たちもバックグラウンドがさまざまです。新規事業を創出できる組織にするためにはそれぞれ処方箋も異なると思います。
一方で、我々が今取り組んでいることは会社全体が抱える課題の縮図だと認識しています。つまり、ここで生み出した成功モデルはほかの事業にも活かせると思うんです。やるべきことはまだまだ多いですが、課題を整理しながら真摯に前進していきたいですね。
村元:30の事業体が一気に変わることはありえませんし、我々もすべての事業体に対して一気にアプローチはできません。まずは1つか2つを成功させて、それを波及させていく。その過程で人事や経営、色々な職能の人たちを巻き込みながら仲間を増やしていきたいですね。そうすることで、時間はかかっても多くの課題を解決できると考えています。
関藤:この2年を振り返ってみて、初手でMVP開発を通して社員に気づきを与えられたのは良かったなと思いました。即効性があったのでモチベーションアップにも貢献できたように思います。
どこにどう辿り着くかはまだ未知数ですが、まずは目の前のお客様にMVPを実際にお見せしながら反応を確認し、フィードバックをいただきながら、目の前のプロトタイプを改善していくところから着実にやっていきたいなと思っています。
──本日は大企業における、新規事業開発のリアルな現場をお聞きできました。改めて貴重なお時間をありがとうございました。
取材協力:株式会社ソレナ
(※)イノベーション組織診断指標「Innovation Index 25」とは
「イノベーション組織診断指標 Innovation Index 25」は新規事業に取り組む組織の現状を可視化し、自社にとってキーになるアクションを特定するための診断指標です。アンケートとワークショップを通じて新規事業における自社の組織課題を共有します。
詳しくはこちらから↓(新規事業開発の実態調査に関する資料のダウンロードも可能です)
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