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大手企業の新規事業開発を中心に支援を続けてきたbridgeが「事業と組織」をテーマに、時にゲストをお招きしながら、bridgeメンバーで自由にディスカッションを繰り広げる「新規事業の自走化」シリーズ。
第2回は前回に続き、bridgeのプロジェクトデザイナー大長 伸行とクリエイティブディレクター村上 雄紀の対談です。スタートアップと大企業の新規事業創出では、それぞれのスタイルがあることをテーマに扱いつつ、
について、事例を交えながらディスカッションします。
大長:今回の対談を企画した背景から口火を切りたいと思うのですが、最近bridgeでよく大手企業のクライアントから次のような相談を受けるんですね。「新規事業の作り方が色々ある中で、うちの進め方はこれで大丈夫でしょうか?」と。
確かに世の中を見渡すと、「デザインシンキング」や「リーンスタートアップ」などの手法が目に入りますし、フレームワークや方法論も色々ありますよね。そのあたり、bridgeで大企業の新規事業支援に関わる傍ら、マレーシアでスタートアップの事業立ち上げにも参画している村上さんから見ると、そうしたモヤモヤを抱えてしまう原因はどこにあると感じますか?
村上:僕の感覚では、大企業の新規事業担当の方は「スタートアップのような革新的で迅速な事業の進め方ができているだろうか?」であったり、「新規事業開発がひしめき合う戦国時代のような流れの中で筋の良いアイデアを見つけられるだろうか?」と、一種の引け目のようなものを感じている気がします。
見方を変えると、大企業ならではの勝ち方を明確に捉えられていないのかもしれない。そこがわかってくるときっと、モヤモヤすることはなくなる気がします。
そこで3つの視点から、大長さんとディスカッションができると大企業の新規事業開発の担当者にとって何かヒントになるかもしれないと思います。
村上:スタートアップと大企業を比較しながらお話しようと思うのですが、まずチームの人数規模でいうと、スタートアップは最初1人から始まって、初期フェーズは10人から20人ぐらいで市場に挑み続けることが多いと思います。
では大企業はどうかというと、新規事業の開発チームは3人や5人と少人数なことが多く、しかも業務時間内で使えるリソースの20%ぐらいしか使えなかったりする。そうすると人数規模でもスタートアップに負けていることがわかると思います。
村上:本来なら、大企業の既存事業のリソースも使うことができれば、資金面はもちろん、営業や開発、デザインなどあらゆる部署からリソースを借りられるはずなんですよね。そういうアセットを使いこなせるかどうかが大きな分岐点になると思ってます。
大長:大企業のアセットって、どうすればうまく引き出せると思いますか?
村上:大きく2つあると思います。1つはコミュニケーションの部分です。結論から話すとbridgeのような触媒として関連部門に働きかける外部のメンバーを介在させたりすることで、担当者と経営層が直接会話することがポイントになると思います。
やはり組織の仕組みや都合を考えると、新規事業開発チームからいきなり経営層へ話を持っていくことはなかなかできないはずです。まずは課長に伝え、部長に話が伝わり、ようやく役員に起案を回せるというか。時間がかかりますし、伝言ゲームみたいなものなので起案過程でそれぞれの理解にも少しずつ差が生まれるかもしれません。
もう1つのやり方が、事業仮説検証に入る前段階で、経営層と共にアイデア構想を描き直す方法です。多くの場合、担当者が描いたアイデアはそのままだと事業規模が小さくまとまってしまうことが多いため、経営層が見ている視点から経営戦略と接続された大きな絵を描き直してもらうイメージです。
そうして経営層を巻き込むことで、、マーケティング部門や営業組織などの既存チームのリソースをうまく引き出すことができます。結果として会社全体を巻き込んだプロジェクトに昇華でき、より大きな投資や人事を得ることもできるはずです。
仕組みづくりとトップの巻き込み。この2つの切り口から大企業のアセットを引き出せるようにアプローチできるんじゃないかなと思います。
大長:次に村上さんが提起してくれているのが、探索活動の有無についてですね。
村上:ここはめちゃくちゃ大事ですね。スタートアップの場合は正直、起業の時点でもう探索活動は完了していますよね。ここで旗を立てて、最後までやり切るんだという覚悟で起業をするのが大半だと思うので。
大長:bridgeでビジネスデザイナーの役割を担っている鬼海さんも、2019年に “親子で一緒に食べられる幼児食宅配サービス” を展開するhomeal株式会社を立ち上げてますが、起業した時にはもう事業コンセプトと覚悟がセットで決まってましたもんね。
村上:一方で大企業の場合は「機会探索」の時期があると思うんですね。役員同士で合宿することもあれば、社員を巻き込んだ形のビジネスコンテストを開催したりと、何かしらの方法で。
ただ、前回の記事でも「新規事業の成功確率は千三つ」という表現でお伝えしたように、筋のいいアイデアがすぐにたくさん出るのかというと、違うんですよね。結局のところ、社員から良い企画を待っている間に、役員の誰かが1週間まとまった時間を使って考えたほうが良い事業プランが描けるかもしれない。
例えば、リクルートの『スタディサプリ』の生みの親である山口文洋さん(現 株式会社LITALICO 代表取締役社長)は、教育事業を担う社員の一員として働きながら、5年連続で新規事業コンテスト「RING」に起案し続け、6年目でようやく承認を得たアイデアが『スタディサプリ』だったんですよね。
参考:「R25」「スタディサプリ」を産んだリクルートの新規事業コンテスト「New RING」の秘密
このエピソードからも分かるように、社員から骨太の事業アイデアが出てくるには時間がかかるため、経営側は待つ覚悟が問われます。実際に、ボトムアップで事業アイデアを募集する場合、その目的を「人材育成」や「人材発掘」に置いているケースが多いと思います。
もし最短で骨太の事業アイデアを出したいのであれば、経営陣で新規事業の機会領域をまず限定させて、ここで勝負すると覚悟を決めるのが先だと思うんです。その後で社員にトライ&エラーしてもらうほうが事業化の確率は遥かに高いと思います。
大長:大企業であっても次の領域を定めた方がいいってことだよね。「どこに張るか?」っていう覚悟を持って、その中で熱心に機会探索をすることができれば、リソースの投資もしやすくなり、新規事業の芽が育つ可能性が高まると言えそうです。
大長:次のテーマである「中長期戦略から逆算」は、先ほどのリクルートのスタディサプリの事例と関係させて話すことができますよね。スタートアップと大企業を比べれば、初期フェーズで使える資金の大きさには差があって当然です。
借りに資金調達に成功したとしても、スタートアップの場合はすぐにショートしてしまうってことは日常的に起こっていることだと思います。
村上:それが大企業の中で新規事業を起こした場合、どんなストーリーになるのかがこのトピックの肝ですよね。
スタディサプリも今では生徒向けのアプリの枠を超えて、学校の先生たちが使う学習管理ツールとして、教育現場になくてはならない業務支援プラットフォームになっていますが、必ずしもtoC向けアプリがうまくいったからtoBの業務支援に乗り出した訳ではないと思うんです。
リクルートが以前から持っていたリクナビ進学などの既存事業とのシナジーも考えた上で、学校向け業務支援を含めた中長期戦略を最初から描いていたからこそ、リリース初期にTVCMなどを大々的に打つことができ、結果的に多くの初期ユーザー獲得に繋がったのだと思います。
期待できる新規事業のプランがあって、回収が見込めるのであれば中長期スパンであっても投資を続けることができる。これが大企業の1つの強みだと思います。
大長:ベンチャー企業やスタートアップの場合、外部から資金を調達するにしてもトラクション(顧客数やアクティブユーザー数の増加率など、そのサービスの成長を予期させる進捗や勢い)を最初にすごく求められますよね。それが大企業の場合は、確かな世界観と事業計画が練り込まれていれば、トラクションが無くても初期投資を受けられる可能性があると。
大企業の新規事業開発の場合は中長期を見込んだ、ある種の賭けができるのが強みかもしれませんね。スタートアップの場合は仮に可能性があったとしても、トラクションが無ければ投資家のYESを引き出せない場合が圧倒的に多い。このメリットは大きいと思います。
村上:ここまで、以下3つの問いをベースに話を進めてきました。
これを別の言葉で表すと、大企業ならではの新規事業開発の強みとして「量産化、流通力」という一言に集約させることができると思います。
大長:すでに持っているものを結合させて新規事業を立ち上げることが大企業の勝ち方ということですよね。「量産化」ってワードが使われていますけど、これは何を指していますか?
村上:組織のリソースをどう使うか? という部分を「量産化」の言葉で表現しました。大長さんが最近読んだ本で、お勧めしてくれた『コーポレート・エクスプローラー――新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』ってありますよね。あの本の中でも書かれていたことの1つに、「会社の資源をすべて使って小さな種を大きくしよう」という趣旨のことが書かれていたと思います。
村上:ここでのポイントは、大企業の「中だけ」に注目せず、企業のブランドや外部のネットワークも活用しながらスピードを重視する “自前主義からの脱却” だと考えています。社内に目を向けすぎて、事業立ち上げのスピードの部分でスタートアップに負けてしまうことが無いよう、ここはかなり意識することが大事だと思います。
大長:これまで大企業の起案チームをたくさん見てきましたが、外部のこの人、このチーム、この会社と組みたいという話は、アイデアベースであってもなかなか出てこないですよね。
だから良くも悪くも「社内のできること・できないこと」には詳しいけれど、じゃあこれを実現させようと思った時に、外部の誰を口説いて行動すればスピードを上げていけるかっていうのは、ごくごく一部の人しかやれていない気がします。
村上:一方で、社内のリソースやアセットに気づけていない場合もありますよね。社外に目を向けすぎてしまい、本当ならもっと早くに立ちあがったのに遠回りをしてしまうケースです。
大長:D2C事業を考える際、ベンチャーだとEC中心にチャネルを考えざるを得ませんが、商社系の大企業であれば、傘下のコンビニへ配荷することもできるわけです。
同じことをスタートアップがやろうとしても無理で、流通側と取引することができない。だから広告とか別の方法に頼らざるを得ないわけなんですが、大手企業側がそのアドバンテージに気づけないと、新規事業だからと自分たちも広告とかスタートアップがやるような方法で流通チャネルを一から作り始めてしまう。これは本当にもったいない事例ですよね。
当然、商品が市場に受け入れてもらえていることが大前提になりますが、そうなった時に、一気に拡大できるのもやはり量産化や企業のネットワークの強みかな、と思いますね。
村上:これは機会の探索活動をする際にも大きく影響する部分だと思います。経営層が領域を決めることさえできれば、そこに対して500人、1,000人、またはそれ以上の人数で一気に探索活動ができますし、既存事業の顧客やチャネルを活用してニーズ検証もできます。拡大する時の面の数が違うので、これはぜひ強みとして活用してほしいですね。
「じゃあどうやって既存事業のメンバーを巻き込むの?」という方法論の話は課題として出てくるとは思いますが、まずはそういう強みを大企業は持っているということを再認識することが重要です。
大長:ここまでの話の着地として、大企業はスタートアップにない「独自のアセット」があるので、それをいかに引き出せるよう働きかけができるか? という結論を導くことはできるかなと思います。
ただ前提として、どの領域で新規事業を立ち上げるのかを会社側が示すことが重要で、その仕組みがなければ社内のアセットを引き出すことはできません。
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次回の「新規事業の自走化」シリーズ#3では、パナソニックのプロタイピングチームをお招きして、自走化に向けた取り組みについてお聞きする予定です。
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取材協力:株式会社ソレナ