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ミズノ社員が出向起業。大企業も支援する新しいかたちの新規事業──株式会社DIFF. 清水雄一氏インタビュー

ミズノ社員が出向起業。大企業も支援する新しいかたちの新規事業──株式会社DIFF. 清水雄一氏インタビュー

「出向起業」という言葉をご存じでしょうか?

すでに所属している会社を辞めることなく事業を立ち上げ、出向という形で新会社の経営者に就任して働くスタイルを指します。

2022年11月、ミズノの社員である清水雄一氏は、出向起業の第一号として株式会社DIFF.(ディフ)を立ち上げました。展開するのは「左右別サイズのシューズ購買サービス」。現在は4名の業務委託のメンバーと共に、本格的な運営に向けて歩みを進めています。

今回はbridgeの別府麻美がインタビュアーとなり、出向起業に至るまでのストーリーを中心にいくつかの質問を投げかけました。

「なぜ独立ではなく、出向起業としてミズノに籍を置きながらの起業だったのか?」
「なぜミズノの資本を活用せず、自己資本を選択したのか?」

DIFF.社が実現するまでのプロセスと、清水氏が意識した「起業のマインドセット」などを対談形式で詳しくお伝えします。

※…清水氏は、経済産業省の「大企業人材等新規事業創造支援事業補助金(出向起業等創出支援事業)」を活用した。令和4年度の補助対象事業者に採択され、最大1000万円が補助されることになっている。

プロフィール

清水 雄一氏(株式会社DIFF.)代表取締役社長
三重県伊賀市生まれ。鈴鹿高専卒業。神戸大学卒業。同大学院修了。2012 年ミズノ入社、研究開発部に配属。サッカーシューズ等の開発担当を経て、2022年10月31日までグローバル研究開発部に所属。新規事業プログラムの企画運営を担当していた。


別府 麻美(株式会社bridge)プロジェクトデザイナー
前職で大手システムインテグレーターでWEB系システムのプロジェクトマネジメントに従事。前職中にMBAを取得すると、2018年には社内ピッチコンテストへ参加し新規事業としてアイデアが採択された。経産省イノベーター育成プログラム『始動2020』など、外部のアクセラレーションプログラムにも採択された。(インタビュー記事

自らが「起爆剤」となり、新規事業の流れを加速する

別府:今回清水さんは、ミズノでの社内起業ではなく「出向起業」という選択をされました。これは会社に籍を置くことを許された、ミズノ公認の起業とも言えそうです。興味深いのは、ミズノの資本ではなく、自己資本で会社を立ち上げられた点です。どのような経緯でDIFF.は設立されたのでしょうか?

清水:今回私が立ち上げた事業は、左右で足のサイズが異なる方々へ向けて展開する、シューズの購買サービスです。このアイデアを検討する中で感じるようになったのは、資金面でミズノに頼ることなく事業を立ち上げることでした。

なぜなら、ミズノの資本を入れてしまうと他社メーカーのシューズを扱えなくなる可能性があるためです。社内のデータベースを参照した調査結果によれば、日本人の「5人に1人」が左右で推奨される靴のサイズが異なるというデータも出ています。

これだけの規模をミズノのシューズだけに頼ることは難しいですし、何よりこのサービスを「みんなが享受する」と考えた時に、やはりメーカーを限定せずにシューズを選べる環境が必要だと考えました。総合的に判断した結果、私は自己資本からスタートする道を選んだんです。

別府:いまのお話を伺うと、反対に「出向起業」を選んだ理由も詳しくお伺いしたいと思いました。出向起業とはいわば、ミズノに籍を置きつつ社外で起業する方法です。出資に頼らないのであれば、退職して会社を立ち上げる方法もあったはずです。そこの狙いは何だったのでしょうか?

清水:まずは正直に、打算的な考えがあったのは事実です。小学生以下の子どもを2人抱えた状態で起業をすることは家計の面でリスクが高く、家族から協力を得るのも難しいと判断しました。

しかし「出向起業」を選んだ理由はそれだけではありません。もともと私は、ミズノの社内で新規事業に関わる取り組みをいくつか進めていました。具体的には、ミズノの知見と技術を結集させた、視覚障がい者向け白杖『ミズノケーン』の開発・販売、そしてbridgeさんにも支援いただいて実現した、イノベーションセンター『MIZUNO ENGINE(ミズノエンジン)』の取り組み・推進です。

どちらも2022年にプレスリリースを公開できたプロジェクトで、社内でもさらに新規事業を立ち上げようという機運が高まっていました。私はこのタイミングで、社内に対する起爆剤となる何かを仕掛けたかったんです。その方法として「出向起業」があり、私がそこに飛び込むことで「ミズノは社内の挑戦をここまで支援するのか!」と、社内外にアピールをしたい狙いがありました。

ミズノが「出向起業」にOKを出した2つの理由

別府:結果として清水さんは、2022年11月に「出向起業」を果たし、見事に株式会社DIFF.を立ち上げたわけですが、ミズノ側はなぜその提案にOKを出したのでしょうか? 私自身も「出向起業」について考えることはあるのですが、失敗した場合に自社のブランド毀損になる恐れや、そもそも給料を出しながら一社員の起業を支援することの旨味がないと判断されることが多いと感じています。

特に大企業の場合、新規事業だけで数十億円の売上高を期待されるケースもあると思います。改めて、ミズノ側で清水さんの「出向起業」をOKした理由は何だったのでしょうか?

清水:私の憶測になりますが、大きく2つの理由があったように思います。1つは私が社内でさまざまな取り組みにチャレンジしてきたことで、“下駄を履かせることができていた” と感じています。

今回は私が「出向起業」の第1号となったわけですが、では第2号として手をあげる社員がいた場合に、何を判断基準にするかという話も社内で議論がありました。そこで出てきたのが、最後まで逃げずにへこたれず、事業そのものの「良い・悪い」を会社側が判断できるまでやりきってくれる人物かどうか、ということでした。その文脈で見ると、私は社内新規事業の運営などを通して、ある程度の信用残高があったのかなと感じています。

そして2つめの理由が、事業の筋が良いかどうかを判断する際に、ある程度の見込みがあると思ってもらえたのではと思っています。というのも、今回の「出向起業」でミズノに提案したアイデアは、過去に新規事業に関する社外のプログラム(『ONE JAPAN』や『始動』など)に挑戦する中でブラッシュアップさせたものだったからです。特に『始動』においては、300名以上のエントリーの中から上位20番以内に選ばれた事業プランになります。この2つの要素なくして、今回の「出向起業」の話は生まれなかったと思います。

実証実験風景

一度振り出しに戻っても、動き続ける秘訣とは?

別府:ここまでは、大企業の中から「なぜ出向起業を実現できたのか?」という部分を中心に伺ってきました。次にお聞きしたいのは、左右で異なるシューズを販売する事業アイデアに至った理由についてです。なぜ、シューズに焦点を当てたのでしょうか?

清水:これは私自身のキャリア選択に対する考え方に由来しています。例えば中学時代には、モノづくりに興味を持って高専へ進学しました。そこで「じゃあ何を作る?」となった時に、ずっと続けてきたサッカーに関するものを作ろうと思い、人の身体のことも知りたいと考え機械工学からスポーツの研究領域に進路変更し、大学に編入しました。この流れでミズノに入社し、実際のシューズ開発に携わることもありました。シューズに関する領域で起業することは、自分にとって自然なことだったんです。

別府:その中でさらに、左右別サイズのシューズを販売するというコンセプトが生まれたのはどういう経緯があったのでしょうか?

清水:最初のアイデアはまったく別のもので、靴の利用者による口コミサイトを作ろうと思ったのが始まりです。人それぞれ、足の大きさも形も好みも違う。だったら、自分と似たようなタイプの人が選ぶシューズであれば、靴選びのヒントになるのではと考えました。

しかし実際に市場調査やヒアリングを重ねると、想像以上に千差万別すぎて、口コミサイトでニーズを満たすことは不可能と判断しました。ここでいったん、私のビジネスアイデアはゼロに戻ることになります。

別府:つまり、一度そこで最初の事業アイデアを手放し、軌道修正(ピボット)を図ったということでしょうか?

清水:その通りです。ほかにアイデアを探さなければとユーザーインタビューで集めた声を振り返っていたところ、左右で足のサイズが異なる人たちが深刻な課題を抱えていることがわかりました。実際にどれくらいの割合で、左右で足のサイズが異なる人たちがいるのかを調べた時、およそ20%、5人に1人が該当することが判明しました。これはミズノの中にあるデータベースの一つ、足型計測データを計算することで明らかになったエビデンスです。実際に私も、左右で足のサイズが異なるため、靴の中で圧迫された指の爪が内出血することが何度もありました。

別府:私もバスケットボールをするのですが片足だけシューズのサイズが合わず、足の爪が剥がれることがよくあります。過去にモデルの仕事をしていた時も、両足のサイズが違うのでパンプスを履く時に痛みを感じることが度々ありました。オーダーメイドで作っても改善できなかったので、左右別サイズのシューズが買えることは私にとっても嬉しいニュースです。

清水:ありがとうございます。ただ、私が今回の「出向起業」に踏み切ったのは、この課題のさらに先に、もっと根深い社会的な問題が潜んでいることに気づいたからなんです。実はユーザーインタビューの中に、こんな声があったんです。

「左右で足のサイズが違うため、シューズを2足買ったことが過去にありました。すると、周囲から『プロアスリートでもないあなたがなぜ2足も買うのか?』と非難されてしまい、とても悲しい思いをしたことがあります」

私はこの話を聞いた時、大きな社会問題だと感じました。流通側の問題で左右同じサイズのシューズを提供している。それにより何の落ち度もない人が、生まれつき足のサイズが左右で異なるという理由だけで精神的な苦痛を味わっているわけです。

メーカー側の都合で、これ以上同じような悩みを抱える人を増やすわけにはいかない。そう思い至ったことが「この領域で起業する」という覚悟につながりました。

別府:とても素敵なお話です。やはり、ピボットの際にユーザーインタビューを振り返ったことが功を奏したのでしょうか? というのも、実は私もヘルスケア領域での起業を志しているのですが、何万人もの意見、何百人に対して行ったインタビューの結果、いまは市場が育つのを待つしかないと考え、研究領域の学びをさらに高める方向へ舵を切った過去があります。同じように、ビジョンは明確だが、ビジネスモデルとして成立するような仕組みには至らないケースもあると思っています。そういった方々に何かアドバイスはありますか?

清水:精神論になりますが、向き合い続けるしかないと思います。加えて、運も影響すると思うので、別府さんの言うように、ソリューションに対して市場から「YES」をもらうことは相当ハードなことだと考えています。時間も胆力もいるし、最悪出会えないかもしれない。それでも愚直に、どんなに苦しくても自分が「これだ!」と思える瞬間を待って行動を続けるしかないように感じます。

イノベーター育成プログラム「始動2021」のシリコンバレー選抜メンバーとの写真

「ええもんつくんなはれや」チャレンジを後押しするミズノの姿勢

別府:苦しいことを乗り越えつつも、起業というスタート地点に立った清水さんが羨ましく思えるのも私の本音です(笑)。そこでもう1つお聞きしたいのが、起業するにあたっての不安や葛藤についてです。家族に説明をしなければならない場面、起業を社内に向けて宣言した場面など、勇気が必要だったシーンもあるのではないでしょうか。

清水:それはもう……たくさんありました。妻にはさんざん叱られました。「出向起業」とはいえ、ミズノからの給料はどれくらいの割合が出るのか、福利厚生はどちらが持つのかなど、改めて整備しなければならない部分もあったので、この先どうなるのかという不安は常にありました。創業資金も自己資本ですし、補助金があるとはいえ、今後は資金調達も考えていく必要があります。初年度だけでも現在手元にある資金だけでは足りず、今も不安は尽きません。
別府:それでもあきらめず前へ進み、家族からの承諾も得られたわけですよね?

清水:妻には本当に感謝しかありません。事業についても、国内2,000万人の市場に対してサービスを展開し、当社の2期目には1年間で10万足を左右別サイズで買ってもらえる状態を目指していこうと考えています。そしてもう1つ、現在一緒に会社経営へ携わってくれているメンバーにも「ありがとう」と伝えたいです。お金の不安や家族の理解を得られるかどうかの心配もありましたが、同じぐらい「仲間は集まるだろうか?」という悩みをずっと抱えていたからです。起業で一番怖いのは、誰にも手を差し伸べてもらえず、孤軍奮闘をし続けること。一緒に前へ進む仲間がいることに、本当に感謝しています。

別府:最後に、新規事業開発や社内提案制度で一歩を踏み出したい人へメッセージをお願いします。

清水:先ほどもお伝えしましたが、あきらめず粛々と、自分が本当にやりたいと思えるビジネスが見つかるまでトライし続けることが大切だと思います。今回は「出向起業」の文脈でお話をさせていただきましたが、新しく何かを始めるのであれば重要なポイントは共通していると思っています。

一つだけ私の運が良かったのは、ミズノは「新たな挑戦」に対して、実際の許容度が高かったことです。以前、経営陣にミズノの中における新しいことに対する挑戦する意味に関してお話を伺った際にも「前向きな挑戦が望まない結果に終わっても誰も責めない。2度とチャンスが得られないということもない。制限をかける人間は誰もいない。」という趣旨の話を聞かせてもらったことがありました。

言われてみると本当にそうで、新規事業への挑戦が阻まれるのは、単純にビジネスプランに落ち度があったり、何度も却下される度に自信を失って「会社は理解してくれない」と本人が思い込んでいただけの可能性もあるわけです。

これは一般化できない、ミズノならではのイレギュラーな事例かもしれません。でもまずは「俺がやる」の精神でチャレンジし続けることが大事なんだと思います。私も社長に初めて起業の話を持ちかけた時は、心臓がバクバクするほど勇気がいりました。でも、踏み出してしまえば恐怖は小さくなる。まずは目の前の一歩を大切にしてほしいと思います。

別府:これから始まる清水さんの挑戦を応援しています。本日はありがとうございました。

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