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新型コロナウイルスのパンデミックで、事業者にとっては1年先を予測することも困難な局面が立ちはだかっている2020年。労働生産人口の減少や止まらない少子高齢化、地方都市のシュリンクなど、ビジネス環境は急速な変化に晒されています。2016年のダボス会議(世界経済フォーラム)などでも使われた、VUCA(ブーカ:Volatility 変動性、Uncertainty 不確実性、Complexity 複雑性、Ambiguity 曖昧性)というワードは、これからのビジネスを語る上で避けて通れません。
そんな中、欧米では「未来学」という学術的な理論を起点に、人々の生活スタイルや価値観の変化といった動向を「起こりうる未来を想像し、現在の意思決定に活用する」というアプローチが広く取り入れられています。
今回は、アメリカでデザインMBAを取得し、現在米IBMでUXデザイナーとして前線で活躍する宮澤 亜衣さんに、アメリカの産学デザイン活動を通じた、未来思考についてレポートしていただきました。
宮澤亜衣さん
ビジネス × デザイン領域を専門とするデザイナー。広告業界、アメリカ進出支援、コンサルティング業界を経て、2018年サンフランシスコにて通称デザインMBA修了後、現在はIBMシリコンバレーラボにてソフトウエアのUXデザインを担当。趣味はカフェ巡り、茶道、自転車。
いきなりですが、10年後のあなたの1日の生活を想像してみてください。
どんな未来の情景が浮かびましたか?自動運転車やロボットなどの技術的なもの、映画や小説、アニメなどで見た景色を想像した方も多いのではと思います。
私が未来学に出会ったのは、大学院の授業でした。私の卒業したプログラムは、通称「デザインMBA」と呼ばれており、システム思考やデザイン思考の考え方を基にビジネスデザインを専門にした美大のMBAプログラムです。このプログラムの選択科目としてStrategic foresight – 戦略的未来思考 – を受講しました。
未来学(Future studies)は、学術世界で研究されている学問です。受講前の私は、占いのような感じで未来予測を目的とするものと想像していたのですが、間違ったイメージを抱いていたのだと最初の授業で知ることになりました。未来学の目指す所は、未来を正確に予測することではなく、起こりうる未来を想像し、現在の意思決定に活用するという所にあります。時間の軸を捉え、起こりうる未来を想像し考えることに意味があるという考え方です。
ここで、最初の質問に戻りましょう。『10年後のあなたの1日の生活を想像してみてください』という問いに対し、どのような思考プロセスを踏んだでしょうか?おそらく、一気に10年後の世界に思いを巡らしたのではないでしょうか?未来学の考え方やフレームワークを使うことで、もう少し体系立てて未来を描けるようになります。
まず、未来は現在の延長線上にあり、現在は過去の出来事の延長であると時間軸を意識するようにします。現在起こっていることが未来に何らかの影響を及ぼす。そして、その現在の出来と繋がる過去の出来事へ遡って考察することで、未来を想像するという思考法です。
そして、未来は正確に予想できないものであると認識します。未来で起こりうる事象には、実現可能性に幅があると捉えます。この幅は、時間の経過とともに末広がりになっていくイメージです。
例えば、10分後の未来に起こりうることと1年後の未来に起こりうることでは、想像のしやすさ、そして影響を及ぼす事象の複雑さに圧倒的な差が生まれます。また、物事の変化の可能性にも幅があります。例えば暦の決め方など、10年後も変わらないだろうと想像できるものに対し、季節ごとにトレンドが変わるファッションの10年後を想像するのは大変です。未来学では、こういった構成要素の分解、分析を通して未来を想像していきます。
さて、ここからは未来学の考え方の活用方法として、大学院の授業で取り組んだグループワークについて紹介したいと思います。
5か月間の授業を通し、4人グループでシナリオ手法を軸にしたグループワークに取り組みました。シナリオ手法とは、想像した未来を物語仕立てに語るものです。私たちのグループは「眠り」を題材にしました。前半は個人ワークで、各自現在の分析から未来学フレームワークを使ってシナリオを書いていきました。私はAlternative Futuresというフレームワークを使用し、4つのシナリオを作成しました。
個人ワーク発表の後、グループで取り組むシナリオを作成していきます。私たちは4人のシナリオの共通点が多かったので、共通点をベースに細かい設定をディスカッションして決めていきました。
結果、私たちのグループでは以下のような結論に達しました。眠りのメカニズムについては現在まだよく解明されていないが、近年の研究で明らかになりつつある
という点に着目し、将来、企業が下記のような取り組みに乗り出すのではないかと想像
グループワークの成果物はビデオです。映像化することで想像した未来をより具体的に他者へ伝えられるので、とても有効な手段です。 ぜひ、ビデオを見る前に上記の説明から想像する場面を思い浮かべてみてください。私たちの想像とはまた違ったイメージを描くことでしょう。
ビデオ The future of sleep in 2030 / 2030年、眠りの未来
未来学のワークは、デザイン思考ととても似たプロセスを辿っていることにお気づきでしょうか。シナリオ作成は発散と収束の繰り返しですし、ビデオ=プロトタイプを作ることでアイデアの可視化と共有を図っています。異なるのは時間軸、デザイン思考が現在の課題に取り組むのに対し、未来学はその先の未来を見ている点、そしてより広範囲の事象を観察の対象にしている所です。
企業の中長期計画での対象の、さらに先の未来を見ることが未来学の特徴だと考えます。未来学思考で未来のリスクや機会を抽出し、『その未来を避けるには現在どうすれば良いか?』『その未来を早く実現させるためには今何をするべきか?』を考えます。都市計画などでの活用例は世界各地で公開されているので、ご興味があればぜひ調べてみてください。
私が現在勤務しているIBMは、エンタープライズ・デザイン思考を提唱しています。デザイン思考のワークフローをBtoBの世界にも活用しようというもので、日々の業務に取り入れています。
私の所属するチームでは、スキルシェア会を開催していて、昨年の終わりに未来学のミニワークショップを企画運営する機会を貰いました。5か月かけて取り組んだ大学院でのプロジェクトを簡略化し、1時間半に凝縮しました。メンバーは普段デザイン思考のプロセスに慣れているからか、駆け足ではありましたが未来シナリオの発表まで行き着きました。数時間という限られた時間でも思考方法を体験できるので、企業でも十分導入可能なのではと思います。
新型コロナウイルスは、少なからず我々の未来を変えているのではと感じます。先が見えない今だからこそ、未来を想像してみる意義は大きいのではないでしょうか。今まで思いもよらなかった新しいアイデアが生まれるかもしれません。
「未来洞察イノベーション」—VUCA時代の事業開発—
顧客ニーズの変化、デジタル(DX)による急速な産業構造転換、災害や感染症パンデミックなど、不測の事態に伴う変革が求められる今、これまでの事業のあり方を一新し、不確実な時代に備えた新規事業開発が求められています。そんな中、顧客の潜在ニーズ発掘という難解な課題に加え、未来を正しく想像し、新規事業の意思決定をすることもまた、これからの新規事業開発において重要な要素です。
bridgeでは、未来学を起点に、5年後、10年後の社会や人々のニーズを洞察し、未来の価値創造を実現するための事業開発のプロセス/マインドセットを習得いただくことを目的としたワークショップを不定期で開催しています。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。
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