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消費者ニーズが目まぐるしく変化し続ける現代において、昨日は当たり前だった常識が、今日には全く別のモノ・コトに塗り変わってしまう現象は特に珍しくもありません。新型コロナウイルスのパンデミックが世界を変えた2020年、1年前に今の状態を想像した人がいたでしょうか?
サービスデザインや新規事業企画に携わる方には、ビジネスアイデアを素早く組み立て、検証・改善を繰り返していく考え方や、その手法の知識、柔軟なスピードが求められます。この記事では、ビジネスアイデアを素早く可視化し、実行に移す際に有用な「ビジネスモデルキャンバス」について、実際の企業のモデルを見ながらその概要と、利用にあたってのノウハウなどをお伝えします。ぜひこの手法をマスターして、自社のサービスデザインや新規事業企画にお役立てください。
目次:
ビジネスモデルキャンバスはスイスの学者Alexander Osterwalder氏によって開発され、現在はスイスのコンサルティング会社Strategyzer社によって世界中に展開されているフレームワークの一つです。
簡単かつ簡潔にビジネスモデルキャンバスを説明すれば、「自社または他社のビジネスモデルを、ビジュアル的に認識・共有するためのフレームワーク」と言えます。
リーン・スタートアップやデザイン思考といった、サービスデザインや新規事業の開発手法とも関連性があり、ビジネスモデルの妥当性を検証する実用的なツールとして、昨今注目されています。
一般的なビジネスモデルキャンバスのテンプレートがこちらです↓
キャンバスを用意したなら、後はその表を埋めていくだけです。ビジネスモデルキャンバスは、以下9項目を埋めることで、ビジネスモデルを可視化し、改善点を見出しやすくできます。
具体的にどんなことを書いていけばいいのか、身近なサービスの例を挙げてみましょう。Amazonとカーシェアのタイムズカーシェアのビジネスモデルを、上のビジネスモデルキャンバスに当てはめると、おおよそ以下のようになります。
『いざビジネスモデルキャンバスを始めてみたのはいいのだけれど、どの順番でキャンバスを埋めればいいのかがわからない!』というのは、この手法の工程において、最もいただく質問のひとつです。
実は、記入の順番に関しては、特に規定はありません。リソースやコスト構造から考えても、何も問題はないです。ただし、UXデザインの視点で考えるならば『誰のどのような課題を解決するのか?』が大前提になります。
まずは、顧客にどのような価値をどのような手段で届けるのかを定義しましょう。次に、その価値を届けるために活用する自社の資源と事業の活動内容、事業運営のために連携が必要な主要なパートナーを下記の順で書き出していきましょう。それによって、UX志向のビジネスの形が見えてきます。
その手順に従うにあたって、以下が推奨する手順です。
もちろん、売りたい技術や商品、目標売上前提といった、売り手主導でデザインすることも可能です。しかし、『自社のサービスを買う顧客を探す』『売上を最大化する事業を作る』という、売り手主導のアプローチでデザインすると、売り手に都合の良いだけの架空のユーザーを想定してしまいます。また、存在しないニーズに対する、間違ったビジネスモデルで進んでしまう危険性が伴う場合もあります。
まずは『誰のどのような課題を解決するのか?』をしっかりと定義する。その上で、要すれば足りない技術やリソースを補うことも想定した、ビジネスモデルを組み立てていくことが成功への近道です。
一言メモ:ピーター・ドラッガー「現代の経営」より
“正しい答えを見つけることではなく、
正しい質問を探すことこそが、重要かつ至難の問題だ。
誤った質問に対する正しい答えほど、無駄なものはない。”
ここでひとつ、世界的なファストフードチェーンで、私たちにも馴染みの深いケンタッキーフライドチキン(KFC)を例にビジネスモデルキャンバスで分析してみましょう。
KFCは、世界的なフライドチキンレストランのフランチャイズビジネスであり、創業者カーネル・サンダース氏は、世界に先駆けたフランチャイズビジネスの生みの親とも言われています。
サンダース氏は数々の職を転々とし、数々のビジネスで挑戦・失敗を繰り返しながらも、不屈の精神で成功したことで知られています。自身が経営するレストランを併設したガソリンスタンドが、沿線道路の廃止によって閉鎖に追い込まれたり、1930年に開業した自身が経営し、オーナーシェフを務めるレストラン「サンダース・カフェ」を火事で消失するという、度重なる不運に見舞われたことが「不屈の精神」を取得した起点になったと言われています。
多くの資産を失ったものの、顧客から評判だった、素材と調理法にこだわったフライドチキンのレシピ(知的財産)だけは、失うことはありませんでした。サンダース氏は、顧客においしいフライドチキンを提供する方法そのもの(秘伝のレシピと経営ノウハウ)を提供価値として、全米のレストランオーナーに提供するビジネスに転じました。
さて、ここでKFCのビジネスモデルを見てみましょう。
ここで注目したいのは、開業当初のKFCのビジネスモデルはBtoBであり、顧客セグメントはエンドユーザーではなく、「店舗オーナー」だったことです。前述の通り、過去のレストラン経営の経験から、売れるフライドチキンのレシピはすでに顧客のニーズを満たす経営資源として存在していたため、このレシピと経営ノウハウ自体を商品として、「資金がないが、レストランを経営したい店舗オーナー」に提供することを考案しました。
収益構造はいたってシンプル。加盟店に対し、フライドチキン1個が売れたら¢5のロイヤリティを支払う契約とし、資金難の加盟店オーナーのために加盟料(初期費用)は課さない方針を貫きました。一方で、知的財産が商品であるKFCのビジネスでは、不動産や在庫、機器のメンテナンスなどの費用が発生することはなく、支出の項目も少なく済んでいます。主要な活動はいずれも知的財産に基づくものであるために、活動費も少なくシンプルです。
開業当初は宣伝広告費も掛けていません。サンダース氏は、全ての加盟店に対し、著作権付きのロゴが描かれた看板を掲げることを契約の条件とし、その認知度を広げていくことに成功しています。また、過去に道路・鉄道関係の仕事に従事していたこともあり、全米の道路網が飛躍的に広がることを予測しており、この予測が当たったことで、さらに認知度が拡大したことが功を奏したとも言われています。
サンダース氏は、不屈の精神と行動力で成功したことで知られており、開業当初にビジネスモデルキャンバスのような分析をしたかどうかは定かではありませんが、このように分析をしてみると、しっかりとしたロジックが成り立っていることがわかります。このように、自分の身近な商品やサービスをテーマに、ビジネスモデルキャンバスを使って分析してみることも、自社の新しいビジネスについて考察するヒントになります。
SWOT分析や3C分析といったサービスデザイン/新規事業企画に応用できるフレームワークが多数ありますが、これらと比較しでビジネスモデルキャンバスは、といった優位性があります。
SWOT分析や3C分析といった主流のフレームワークは、事業開発初期における競争優位性の可視化の点では有用です。しかし、ビジネスモデルの詳細を設計するには十分ではありません。
ビジネスモデルキャンバスでは、競争優位性のみにフォーカスされていない、ビジネス全体の主要なポイントを細かく可視化することができる点で、優れた効果を発揮します。
ビジネスモデルを検討する際に、他のフレームワークでは本来深く追求すべき、「誰の、どのような課題を解決するのか?」を掘り下げる項目が十分ではありません。多くの場合は、自社の都合の良い設計に傾いてしまう傾向にあります。
ビジネスモデルキャンバスでは、この課題を議論するために必要な情報を書き込む項目があります。常に顧客の視点に立ち返り、企業視点に寄り過ぎない、バランスの取れたビジネスモデルを組み立てることができる点でも有用です。
また、ビジネスモデルキャンバスでは、「事業と顧客がどのように関わるか?」についてもフレームワーク内でデザインできます。そのため、昨今のサービスデザインにおいて強く提唱されている「顧客との共創」を、フレームワーク内で描くことができます。 これにより、本来主役である顧客を無視することなく、より成功確率の高いビジネスモデルを描くことが可能になります。
スポーツ選手にとって、日々のトレーニングが最も重要な活動であることと同様に、ビジネスに関わる人にも、本来日々のトレーニングが必要なはずです。普段、狭い業務領域で仕事をしている人にとっては、習慣付いていなければ、アイデアを創出したりビジネスモデルを考案することは、容易ではないかもしれません。
しかし、創造性を発揮し、ビジネスモデルをデザインするというスキルは、今後ビジネスに関わる全ての人に求められるといっても過言ではありません。ビジネスモデルキャンバスには正解はなく、自由な裁量で思考を活性化させ、アイデア発想を膨らませるためのトレーニングとして役立ちます。日頃からアイデア発想を習慣化し、身の回りにあるあらゆるビジネスの構造を、自分なりに分析してみましょう。
新たな事業を創出する上で、アイデアが承認され、実行に移すまでには組織内に多くのハードルが存在します。サービスデザインや新規事業企画を進めていく上では、発案者以外にも、協力者や承認者といった複数のステークホルダを巻き込んで、大きなムーブメントにしていくことが不可欠です。しかし、立場の違いや認識の齟齬によってプロジェクトメンバー同士の関係性が悪化したり、上層部から実行の承認が得られないこともあります。メンバーがストレスや悩みを抱え、新規事業企画が白紙になってしまうといったケースが後を絶ちません。
ビジネスモデルキャンバスを起点とし、常にそこに立ち返るルールを設けることは、非常に有効です。関係者間の認識のズレをなくし、ベクトルを合わせてプロジェクトを進めていくためのツールとしても、大きな効果をもたらします。また、ビジネスモデルの詳細を可視化することで改善点が見えてきたり、新たなアイデアが出てくることも多くあります。議論を盛り上げ、チームを活性化する上でも、ビジネスモデルキャンバスを大いに役立てることができます。
ビジネスモデルキャンバスは、サービスデザインや新規事業企画に携わる方が気軽に活用できる便利なツールです。まずは体裁に拘らず、常にビジネスモデルキャンバスを書く習慣を心掛けることをお勧めします。
対象顧客とニーズがある程度定義され、具体的な事業プランに落とし込む段階で特に有効ですが、アイデアを思いついた段階でまず書いてみるとアイデアが広がり、新たな発見が得られることもあります。
どんなに良い調理器具を揃えても、良い素材がなければ美味しい料理は作れないことと同様です。ビジネスモデルキャンバスも、そこに組み込む情報が適切なものでなければ、価値あるビジネスモデルを創出することはできません。
パッと出のアイデアや競合他社の模倣は悪い素材です。一方で、競合他社の現状、過去の事例、他の事業の参考情報など、できる限りのリサーチを行った上で絞り出された正確性の高い情報、そして何より『誰のどんな課題を解決するのか?』を定義するためのニーズ発掘により導き出された正しい問題定義が、上質な素材になります。
ビジネスモデルキャンバスだけで無理に完結させようとせず、フレームワークを適材適所で併用することは有効です。例えば、SWOT分析や3C分析など、広く認知されているビジネスモデルフレームワークや、Strategyzer社が公開しているValue Proposition Canvasなど、他のフレームワークとの組み合わせることで、さらに精度の高いビジネスモデルを創出できます。
また、デザイン思考によるアウトプットを整理する手段として、ビジネスモデルキャンバスを組み合わせることで、より独自性の高い、高精度のビジネスモデルを創出できます。適切なフェーズや状況に合わせて、組み合わせてみましょう。
ビジネスモデルキャンバスを描くことを習慣化するメリットについて解説してきましたが、当然、ビジネスモデルキャンバスを描くことがゴールではありません。ゴールは、ビジネスで成果を出すことです。
得てして私たちは、自分たちの都合の良い結果に誘導しようとして、自分たちのアイデアが間違っている可能性を無視してしまう傾向にあります。一般に、「選択的認知」または「確証バイアス」といわれます。まずは、自分が作成したビジネスモデルが、顧客の視点で本当に役に立つものかを、客観的かつ批判的な視点で見直し、チームで十分議論しましょう。
ビジネスモデルキャンバスはあくまで仮説であり、実際に価値あるビジネスモデルを創出するためには、検証と改善を繰り返し、精度を高めていくプロセスが欠かせません。ビジネスモデルキャンバスの活用と合わせて、ぜひ、仮説・検証・改善のプロセスを組織に浸透させてみてください。
(執筆/鈴木郁斗 – ビジネスデザイナー 株式会社bridge)
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