CASE STUDY
近年、新規事業を生み出す組織には「事業領域の特定」「事業アイデアを育む仕組みの設計」「文化醸成」など、複数の検討タスクを統合的に進めることが求められています。
一方で多くの組織は、「自社の新規事業を促進・阻害する要因は何か?」という共通認識を持てないまま、何をどのように取り組むべきかを特定できないという課題を抱えています。
2022年11月に、スポーツによる社会イノベーション創出を加速するためのイノベーションセンター「MIZUNO ENGINE」を立ち上げたミズノ株式会社では、既存のビジネスだけでなく、新しいビジネスの創造に向けて共創を加速させています。
この3年間を振り返っても、社内公募やスタートアップとの協業といった取り組みにより、新たなプロダクトやサービスが生まれています。
新規事業を自走できる組織作りをどうやって進めてきたのか? 組織一丸で新規事業を推進することの意義や課題について、総合企画室の中嶋 弘貴さんにお話を伺いました。
プログラマーからキャリアをスタート、IT企業にて経営企画を経験し、シリコンバレー駐在時にはベンチャーキャピタルとの連携や新規事業開発に携わった。現在はミズノアクセラレーションプログラムやLP出資、スタートアップ共創を統括。ミズノのイノベーションセンターの運営に関わりながら、同時に新規事業を生み出す仕組み作りを行っている。
まずは中嶋さんに、ミズノの新規事業の取り組みについてプレゼンテーションをお願いしました。イノベーションセンター設立(ハード)の決定に伴い、ソフト部分の仕組みについてどのような取り組みがあったのかを話していただきました。
────
中嶋:本日はよろしくお願いします。今回ミズノの新規事業開発をテーマに話を進めていきますが、まずはポイントの一つである「MIZUNO ENGINE」について簡単に説明をさせてください。
「MIZUNO ENGINE」は、ミズノ本社のすぐ横に建設したイノベーションセンターで、2022年11月より本格稼働しました。新規事業開発を加速させる目的で、さまざまな仕組みや設備が整っています。コンセプトは次の3つです。
①データの計測「はかる」
②新しい商品サンプルの開発「つくる」
③それぞれに応じた環境で「ためす」
「はかる、つくる、ためす」という、商品開発に必要な上記のプロセスをすべて実践できるわけです。建物を横長にすることで、社員同士の交流と化学反応が生まれる場所になるよう設計しています。
また、並行して私たちは「ミズノミライビジョン(MIZUNO MIRAI VISION)」も策定しました。ミズノではどの領域の新規事業に力を入れるのかを明確にするための取り組みです。
競技スポーツを扱うビジネスを中心に、教育・健康・ワーク・環境、合計5つのカテゴリで、スポーツの力で社会課題を解決すると定めました。
中嶋:ただし、新規事業を生み出すためには、建物とビジョンだけでは不十分です。仕組みが整備され、人が育つ環境があって初めて価値創造が促されると私たちは考えます。
数ある施策の中で今回私が担当したのが、「社内アクセラレーションプログラム(EMスタジオ)」と株式会社マクアケと取り組んでいる「Makuakeインキュベーションスタジオ(MIS)」の2つです。
アクセラレーションプログラムでは全社員を対象としており、事業アイデアのブラッシュアップから役員を前にしたプレゼン機会の提供、そして事業化・検証を幅広く支援します。
私たちの役割は、事務局兼メンターとして起案者をサポートすること。特に若い社員はプレゼンの機会そのものが少ないため、資料の作り方から教えるなど寄り添うことを心掛けています。
一方のMakuakeインキュベーションスタジオは、対象を技術者に絞り、技術起点から新規事業を生み出すための試みにフォーカスしています。これらの活動で実際に商品化したものもございますので、ここで少しご紹介させていただきます。
画面左に見える『ドライビングシューズ』は、マツダ株式会社と取り組んだドライバー向けシューズです。“まるでクルマと通じ合うかのような”、これまでにないダイレクトな操作感を味わうことをコンセプトに生まれました。
画面右の画像に映っているのは『機能性ミニマルシューズ』です。「MIZUNO ENERZY」という「クッション性」と「反発性」を併せ持つ特殊な機能素材が使われており、もともと競技用に作られたシューズを一般向けにデザインしました。
中嶋:これまでの活動を振り返ると、社員の一定数は自発的に新規事業へ挑戦するものの、同じかそれ以上に「ハードルの高さを感じて挑戦の一歩を踏み出せない」というケースがあることを感じてきました。
例えば、チャレンジはしたいけれど失敗が恐い、頑張ってもムダになるんじゃないかと後ろ向きに考えてしまう、などです。これらの課題を解決する仕組みを作らなければ、ミズノのイノベーションセンター「MIZUNO ENGINE」を存分に活かしきれませんし、新規事業が生まれる機会も減ってしまうでしょう。
そこで、アクセラレーションプログラムの中にいくつかの工夫を入れることにしました。「ステージゲート」「ナイストライ賞」「10%ルール」の3つをご紹介します。
中嶋:アイデア出しから事業化までのプロセスを分解し、ゲート管理する方法です。条件をクリアするごとに次のゲートへ進める仕組みで、これにより「現時点で何をすべきか?」が明確になります。
例えば、最初のゲートでは「アイデアの発見」に、次のゲートでは「コンセプトの明確化」に着目、という具合です。
起案側もやるべきことが明確なのでチャレンジがしやすくなりますし、審査をする側も一定の基準で審査ができるメリットがあります。
中嶋:新規事業にチャレンジするものの、当然すべてのアイデアが事業化に至るわけではありません。現実に世に出る商品やサービスは一握りというのが現実です。しかし、「俺がやる」の精神でイノベーションに挑戦したことは表彰に値するのでは?
頑張った社員は賞賛したいと、上層部から話があったことをきっかけに「ナイストライ賞」は生まれました。
新規事業の「うまくいく・うまくいかない」を分ける原因はさまざまです。市場の大きさもあればタイミングの問題もある。だからこそ失敗を恐れない精神を大切にし、何度も挑戦することが大切です。「ナイストライ賞」は現在、アクセラレーションプログラムに挑む社員の背中を押す役割を担っています。
中嶋:視覚障がいを持つ方々とお話をする機会があり、それをきっかけに誕生したカーボン製白杖『ミズノケーン ST』があります。
ミズノの開発力を活かした商品を作りたいと弊社のメンバーがアクセラレーションプログラムに応募し、そこでアイデアに磨きをかけたことで商品化に辿り着きました。
ミズノ自体に杖の開発実績は無かったものの、ゴルフクラブなどのスポーツ用品に使われるカーボン素材には精通していたため、これを転用したというわけです。実際に完成した白杖は非常に軽く丈夫で、視覚障がい者の方々からの評判も良かったと聞いています。
中嶋:ミズノの新規事業活動は、まだまだ止まりません。過去にはない動きの1つに、社外のアクセラレーションプログラムに挑戦する社員も増えてきたのです。
経済産業省が運営する『始動 Next Innovator』やONE JAPANが主催の『大企業挑戦者支援プログラム CHANGE』、OSAKA INNOVATION HUBによる『アクセラレーション・プログラム』など、外部で武者修行をしているため、ミズノ内で起案する案件のレベルも年々高まっている印象があります。
また、2022年からミズノは、スポーツテックに造詣が深い Scrum Ventures へのLP出資を実施するなど、オープンイノベーションへ本格的に乗り出しました。
実際の共創事例は以下の通りです。
南信州ビールと共同開発したスポーツ後に飲むためのノンアルコール・ビアテイスト飲料「PUHAAH(プハー)」
最後の事例はスタートアップとの共創ではありませんが、ミズノとしても初の「ドリンク」を販売するという貴重な取り組みになりました。このような取り組みが、今後もさらに生まれる活動を続けたいと考えています。
ここからはミズノ中嶋さんと外部パートナーのbridge 大長、同じく bridge 村上の3名で、新規事業立ち上げの舞台裏を「4つのQuestion」をもとにクロストークしました。
────
中嶋:イノベーションセンター(MIZUNO ENGINE)は研究開発部からの発案で、私は当時経営企画の立場からこのプロジェクトに参加しておりました。前社でも新規事業に関わってきた中で、「仕組みがなくて苦労した」という気持ちが心の中に残っていたため、せっかくこんな素敵なセンターを建てるのであれば、それを「アウトプットできる形(仕組み)を作りませんか?」と持ちかけたのがきっかけになります。
村上:施設を建てるということは、「会社としての意思」をすごく感じますよね。実際に新規事業に力を入れるきっかけとなった発起人は中嶋さんですか?
中嶋:建物の建設を抜きにすれば、確かに同じタイミングでアクセラレーションプログラムの企画をしておりました。会社の中期計画策定に関わる中でも、新規事業に力を入れることは避けられないと感じていたため、アクセラの立ち上げを始め、新規事業の発起人としての活動はイノベーションセンターの建設にかかわらずやっていたと思います。
中嶋:実際に走り出すと「この部署を説得しなければならない」「この制度があるからこれはできない」など、想定していないタスクが山ほど出てきました。それを整理して推進することが一番難しかったです。
大長:人事周りは特に難しかったですよね。人事評価を考えるにあたり、さまざまな企業の人事に話を聞きに行ったのですが、どれか一社の取り組みをそのまま採用するといった簡単な話にはなりませんでした。
「人材」の考え方にこそ文化があり、専門性、プライド、責任を持って既存事業に取り組んでいる社員の方がいる中で、簡単に「新規事業に取り組むことを評価してほしい」で通る話ではないことがわかりました。
また、人事制度は期の変わり目でしか変えられないため、今期で決まらなければ来期に持ち越しての議論となります。半年単位で(人事・評価制度に関わる課題は)決定のタイミングが遅れていきました。
村上:では実際に構想から実装までどれくらいかかったのですか?
中嶋:1年半ほどですね。数ヵ年計画を作り、順次できるところから実装する形でした。
村上:オープンイノベーションについては、構想から実装までどれくらいでしたか?
中嶋:発案から2年ほどです。一方でアクセラは、2ヶ月程度で実装と話が早くまとまりました。運用についても、最初は100件ほどしか集まらなかったアイデアも、今では全社員の約10%にあたる400件程集まるようになりました。
ただ、評価制度の1つである「10%ルール」の検討をもっと早くすべきでした。アクセラを突破すると、次のステージ以降の負荷が上がるため、それに見合った人事制度が伴う状況を作れていればより良かったと感じています。
村上:人事との連携はいつぐらいから始めたのでしょうか?
中嶋:最初は入っていませんでした。ディスカッションを始めて「ありたい未来・ありたくない未来」を具体的に考えた時、これを実現するには評価制度を変え、業務目標として位置づけなければいけないと課題感を覚えるようになったんですよね。そこから人事との連携を始めました。
中嶋:この3年でアウトプットはしっかり出せるようになりましたね。自前の案件、技術起点の案件、そして大企業やスタートアップとの協業実績も生まれ、バリエーションが揃ってきたと感じています。人事制度に関しても「ナイストライ賞」「10%ルール」など、誰でもチャレンジできる制度を整備することができました。
今後トライしたいことは2点あります。1つは、しっかり自走できるための「ノウハウ」「サポート体制」「仕組み」を整えること。それは外部のサポートを断るといったことではなく、社員がトライしたいと思った時にすぐに取り組める仕組みがある状態を指します。
2つ目は、新規事業のアウトプットのバリエーションをもっと広げることです。昨年も出向起業という新しい形の事例(※株式会社DIFF. 立ち上げ)が生まれましたが、このように、起案者が安心してチャレンジし、アウトプットができる仕組みも今後は増やしていきたいと思っています。
今回は、新規事業を始めるにあたって多くの人が抱える問題を明らかにした上で、ミズノの新規事業の取り組みについて詳しくお話を伺うことができました。
一部の熱心な社員に頼り切った事業開発ではなく、「組織開発」「仕組み作り」に取り組む中嶋さんの熱意と、社員の方々の「アイデアを支えたい」という敬意も同時に伝わってくる対談でした。中嶋さん、ありがとうございました。
******
編集協力:株式会社ソレナ