CASE STUDY
2022年10月よりbridgeでは、がんと共に生きる方の「不安」や「孤独」を解消する対話サービス「Tomopiia(トモピィア)」のサービス開発をお手伝いしています。同サービスは、三井物産グループの新ビジネス創出に命を吹き込むベンチャースタジオ「Moon Creative Lab」から生まれたプロジェクトであり、2023年内の事業化を目指しています。
今回は具体的な事業立ち上げに先立ち、Tomopiiaという事業を社内から起案した重村潤一朗氏を迎え、bridge大長との対談インタビューを実施しました。
<重村 潤一朗氏 プロフィール>
三井物産入社後、医療、介護やシニア領域のビジネス開発と運営に20年以上従事。在宅介護/医療事業、介護家族向けメディア事業の立上げ、海外病院事業投資や国内病院の経営など多岐にわたる国内外のヘルスケア関連事業を経験。
2020年、これらビジネス経験を通して感じた「病気を患った方々が、病気と向き合い、病気と共に自分らしく生きる世界を作りたい」という想いを形にするため、Moon Creative Lab Inc.に出向。2021年に「Tomopiia」を開始。
大長:本日はよろしくお願いします。重村さんから最初にお声がけがあったのは、去年(2022年)の秋頃でしたね。具体的な背景を含め、自己紹介をお願いします。
重村潤一朗氏(以下、重村):私は1996年に三井物産へ入社し、その2年後から医療・介護福祉の領域で仕事をするようになりました。ジョイントベンチャーで事業を立ち上げたり、グローバルな病院周辺事業に貢献するなど、経験したプロジェクトは多岐にわたります。2018年には病院経営再建に関する取り組みに従事していました。
ご相談した背景には、三井物産グループのR&D機能を担う「Moon Creative Lab」のピッチイベントに案件を出したことが関係します。仮説検証フェーズを経て、事業化検討段階に入ったんです。そこで事業構想を具体的に描く過程で、大長さんを中心としたbridgeさんにご協力いただきました。
大長:三井物産の客員起業家(EIR)制度を活用し、インキュベーション活動を実施されてましたね。「Tomopiia」の事業アイデアはずっとお持ちだった?
重村:前述のとおり、私は医療・介護福祉領域の仕事に20年以上携わってきました。その中でさまざまな課題を感じてきたわけです。例えば「時々入院、ほぼ在宅」という見出しで新聞が記事を取り上げたことがありました。日本は今まで病院での治療(Cure)に力を入れてきましたが、今後は通院・自宅療養(Care)の比重が大きくなるのではという考え方によるものです。
では、Cureではなく「Care」が世の中的に広まったとして、その中で私たちは誰の痛み(ペイン)を解決しようかと思ったとき、がんと共に生きる方の「不安」や「孤独」という考えに至りました。両親ががんを患っていたため、私にとって身近な存在だったんです。
がん罹患者は年間100万人に及び、多くの方が打ち明けられない悩みを抱えたまま、世の中から隔絶されていると感じてしまっている。
一方でナース側でも別の課題が浮かび上がっています。医療現場の忙しさと、自身のライフスタイルとのバランスが折り合わないという課題です。ナースからは「もっと活躍の場が欲しい」「患者さんに寄り添える時間を増やしたい」という要望もあり、貢献したいけれど現実的に難しいという実態が明らかになってきています。
その結果、就労ナースの離職率は11%を超えており、非就労ナースの数も70万人以上とされている。これが国内の現状です。
そこで、患者さん側とナース側の、双方の課題を同時に解決できるプラットフォームを作ることはできないかと思案したことが「Tomopiia」のアイデアにつながりました。
大長:2018年頃から構想自体は重村さんの中にあったと、以前仰ってましたね。2023年内に事業化をするわけですが、現在のサービス内容について改めて説明をお願いできたらと思います。
重村:がんに罹患した方々に担当ナースが付き、LINEのチャット機能を使って「対話」ができるサービスを開発しています。ほっとしていただける時間を増やし、日々の療養生活の質(QOL)向上の一助となるようサポートすることが目的です。β版の機能で試験的な取り組みは始まっていまして、患者さんからは「文字にすることで自分の考えや思いを整理することができた」などの感想を受け取っています。
大長:着想の段階から、どのようなピボットを経て現在の形になったのかも伺いたいです。今回のお話をいただいた時、率直に面白そうなコンセプトだと思ったんですよね。私も妻が看護師なので、仕事の忙しさゆえに自己実現が難しいことや、自宅療養しなければならない事例が増えていることも聞いていました。
「Tomopiia」では、LINE機能を活用したチャットサービスにすることで「どこにいても仕事ができる」環境が作れますし、文章のやりとりを通じて患者さんも喜んでくれる。まさにWin-Winの関係ですよね。これまでになかった市場が生まれる可能性があると感じました。ただ、概念検証を通じて、難しさもきっと感じられたと思います。
重村:そもそも、チャットだけで医療領域のコミュニケーションを図ることは無理だと最初は思っていましたね。ナースは患者さんと直接会うことで表情を確認するなど、五感をフル活用して対話をするためです。文字だけでは受け取れる情報に限りがある。
ところが、ふたを開けてみれば文章のやりとりだけで非常にディープな会話をしていて、しかも毎日楽しそうにしている。その様子を実際に見て初めて「これはいけるかもしれない」と思いました。
大長:非同期のコミュニケーションでありながら、双方の医療課題を解決できる革新的なサービスが誕生したわけですね。
重村:ただ、大長さんの仰る通り難しい場面も多々ありました。患者さんが自分自身のことを客観的に観察できるように自己記録機能を付けたアプリを開発して、チャットもその中で打つようにしてもらったんです。そしたらこれが不評で(苦笑)。LINEが使いやすいのになぜアプリをわざわざ作ったんだと、利用者の方からご意見がありました。スタートアップであれば機能を1つに絞るべきというビジネス観点からのアドバイスもいただき、「対話サービス」に特化させたんです。
大長:「Tomopiia」はプラットフォームなので、患者さん以外にナースも利用しますよね。そちら側での問題はありませんでしたか?
重村:ありました。けっこう頭を悩ませましたね。当初は業務を委託する形でナースの協力を仰いでいましたが、そうすると「効率」に意識が向くんです。一人で多くの患者さんを担当してもらおうと思ってしまう。
これを繰り返した結果、「仕事との両立が難しくなった」「続けていくのが難しい」という声がありました。オペレーション優先にした結果、ほとんどのナースが去ってしまわれました。
大長:人が辞める瞬間はつらいものがありますね。こちらはどう乗り越えたのでしょうか?
重村:紆余曲折ありましたが、最終的には「研修」の機会をナースに提供する仕組みにして関心を持ってくれる方々に集まってもらいました。このアイデアをくれたのが、現在チームで一緒に動いてくれている現役看護師の方です。ナースは学びに対して大きな価値を見出す存在なので、非同期の対話を通して患者さんに貢献できるようなスキルを学べる「研修」を用意してあげたら嬉しいはずだとフィードバックをくれました。
この時も私は非常に懐疑的でした(笑)。本当にそれで「Tomopiia」に興味を持ってくれるナースは集まるのだろうかと。ところが現実は大当たりです。現在は「SNSを使った患者コミュニケーション」という新しいアプローチでリーチ数を増やし、多くのナースに参加していただける仕組みとなりました。
大長:重村さんから最初にお問合せをもらったタイミングでは、どのようにビジネスとして成立させるか検討したいとおっしゃっていました。「Moon Creative Lab」の狙いとしても、事業のスケールが可能かどうかは投資判断として非常に重要です。ユーザー満足度の追求だけでは事業化はどうしても難しくなりますよね。
重村:社内審査が通らなければ、準備が無駄に終わってしまうため必死でした。もちろん、ビジネス視点で考えればスケールするモデルの構築は重要ですし、マネタイズ方法も大前提で求められます。これらを踏まえて、内部の承認を得ることは必須だと考えていました。
大長:その時の会話をよく覚えていて、規模が先かお金が先かという議論がありましたね。この時は関係者全員が「規模を優先する」と意見が一致し、まずは短期集中でナースと利用者(患者さん)の数を増やすことに専念する計画を立てました。ただ、どこかのタイミングではマネタイズの仕組みを構築して、収益化させる必要があります。
重村:手段は色々と考えられるんですよね。わかりやすい部分であれば、受益者である利用者(患者さん)への課金を促す有料プランを用意してもいい。ただ、その方法は今のところ考えていないんです。
大長:取り組むには少し早すぎるのか、またはサステナブルな経営を目指すには、別の方法でマネタイズする必要があるとお考えなのか。詳しく聞きたいですね。
重村:「Tomopiia」をビジネスの側面から考えると、価値は「ナースと患者さんの接点」にあると思うんです。コロナ禍の影響から、患者さんにリーチしたくてもできない企業や病院が増えています。一方で「Tomopiia」は接点が増えていくビジネス設計になっているし、ナースと患者さんの関係性も深まるので資産性も生まれる。
重点を置くべきポイントを見極めながら、医療制度下でのマネタイズも含めて、様々な方法を検討したいと考えています。また、医療に関するテーマは世界で共通の部分も大きいため、日本に範囲を限定しないマネタイズの仕組みをデザインできたらと考えています。
大長:ここまで事業内容やビジネスモデルに関するお話を中心に伺ってきました。最後に重村さんが「Tomopiia」にかける想いについて触れたいと思います。改めて今回のプロジェクトで、実現したいことは何でしょうか?
重村:20年以上、医療・介護福祉の分野で働いてきた私は、常に一貫した志を持ち続けてきました。それは患者さんの自律と、ナースを含めた医療従事者の自律の2つです。
表現を変えれば、病気になっても自分らしく生きられる世界の実現と、医療職の方が自分らしく活躍できる世界の実現です。
病気になっても自分の味方になってくれるナースがいる。「Tomopiia」を活用することで、そういった体験をもっと増やせたらと思っているんです。肉体的な痛みや精神的苦痛、社会から隔絶されたような想いも和らぐかもしれない。死生観に対する悩みも「対話」を通じて向き合える世界を作りたいと思っています。
医療職の自律では、例えばフリーランスで病院を2ヶ所掛け持ちしながら「Tomopiia」では副業で活躍できるような、そんな専門職の民主化が起こせたらと思っています。事業を成功させるまでに課題はまだまだ山積みではありますが、この先もbridgeさんの力をお借りしながら、多くの方に利用していただけるサービスに育てていきたいと思っています。
大長:重村さん、本日はどうもありがとうございました。
取材協力:株式会社ソレナ